三枚の絵
何故だろう、この十年以上の間、飾らなかった。生活に彩が無かったのだろうか、余裕が無かったのだろうか。押し入れの奥から絵が出てきた。それはドイツを去る日に買ったものだった。 デュッセルドルフは当時人口五十万人の都市だった。そこに日本人が五千人住んでいた。1%が日本人の比率だった。日系企業の欧州本部としてこの地は多くの日本の会社の支社が置かれていた。駐在員の多くは街の真ん中を流れるライン川の西岸地区に住んでいた。そこはオーバーカッセルやニーダーカッセルという地名だった。またデュッセルドルフ市内を出てしまうがその西のメアブッシュという街にも多くの日本人がいた。ライン川西岸が日本人居住区というとわかり…
2024/05/07 00:09